小野小町は平安時代の歌人で、湯沢市(当時は出羽の国福富の荘桐の木田)の出身といわれています。美しい容姿で知られ、宮中に勤めますが、その後、再び湯沢に戻ります。小町を追いかけ京から深草少将が湯沢に来ます。小町は芍薬を一日一株植えてと深草少将に伝えます。99株を植えたところで、突然深草少将が水死。小町は悲嘆にくれ、岩屋堂に隠遁、そこで自らの像を彫り上げ、92歳で天寿を全うします。この像が、小町が彫った自画像と言われています。