書籍・雑誌

2009年5月31日 (日)

蓮池透さんの『拉致』を読んで

St2c0007_2   かもがわ出版から出版された蓮池透さんの『拉致-左右の垣根を超えた闘いへ』を読み、さまざま考えさせられることがありました。蓮池さんがこのごろ、『家族会』などと距離を置いていることは承知していましたが、いろいろなことがあったようです。私自身、拉致問題には強い関心がありつつ、「なにかできることがあるなら」とも思いつつも、 手を出さないような感覚にとらわれることがままあります。北朝鮮という国家についていえば、全く幻想をもっていませんし、『社会主義』を名乗ってはいますが、迷惑このうえないとう感覚です。日本共産党が、朝鮮労働党と長く絶縁していることも、多くの方が知っています。

 それでも、対決一辺倒、制裁一辺倒の世論が国内には強いようです。「国際的な共同した行動を」「対話を重視し、道理ある主張を堂々とする」という共産党の考えが、国内でなかなか大きな支持を得ていないのではないか、共産党としても拉致被害者との意見交換などもしたらいいのではないか、などと思うことが、ないわけではありませんでした。

 蓮池さんの著作に貫かれているのは、経済制裁一辺倒の今のスタンスで、拉致問題が完全に膠着していること、なんらかの対話のチャンネルを開くために、大胆な方針転換をはかるべきということです。当事者として家族会の取り組みに長くかかわってきただけに、説得力があります。また、弟さんの帰国から様々な方との交流も通じて、過去の自分の発言についても真摯に向き合っていることにも、強く感動しました。視野の広さとバランス感覚を感じます。

 一番の議論は、政府はときには家族会や救う会と距離を置いても、解決のための戦略をもって北朝鮮と交渉すべきではないかという主張でしょう。救う会の中には、北朝鮮そのものを敵視し、その打倒を主目的とする勢力もあると書いています。時として、そうした流れが広がり、拉致被害の解決というよりは、制裁のための制裁に陥っているのでないか。制裁一辺倒の議論が政府に大きな影響を及ぼし、結果として「事態の膠着・にらみ合い」を長期化させてしまっているのではないか。被害家族の方の考えを尊重に、ともに手を携えることは当然のことです。しかし、それでは足りないし、事態を解決できないと考えておられるのでしょう。

 あわせて、蓮池さんの場合、弟さん一家の帰国はできました。しかし、多くの被害者がまだ北朝鮮に残されています。弟さんが「自分達だけ帰ってきて、忍びない」と語ったくだりが、強く印象に残りました。もちろん、それぞれの家族について詳細を知っているものではありません。家族会の中にも、様々な意見があることでしょう。
 そのことも含め、ぜひみなさんにも読んでいただきたい本だと思います。

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2008年7月27日 (日)

ハリーポッター最終巻読み始める

 アマゾンに頼んでいた「はりー・ポッターと死の秘宝」が配達され、読み始めました。わくわくどきどきしどおしです。1巻や2巻のときは、娘も大喜びで読んでいましたが、我が家でのポッタリアンは、いまやお父さんひとりです。ちなみに、いちばん好きなキャラは、なんといっても、ハーマイオニー。ただ、少々、ハリーたちがいい子になりすぎていて、ちょっと不満なんだけど・・・さて、J・K・ローリングが大切に金庫にしまっていた、結末とは何か?

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2008年4月20日 (日)

津波てんでんこ

 山下文男著『津波てんでんこ』(新日本出版社)という本を読んでいます。明治以後の人的被害を及ぼした大津波を取り上げ、防災問題に警鐘を鳴らしている本です。

 「てんでんこ」というのは岩手の方言で、てんでんばらばらにと言う意味で、私も小さいときから慣れ親しんだ言葉でした。岩手の三陸海岸では、津波が来たら、親兄弟にかまわず、てんでばらばらに、我先に逃げなさいという意味で「津波てんでんこ」と言っています。正直、そんな言葉もあったかなと思い起こしている程度なのですが・・・

 著者は、岩手県大船渡市(合併前は三陸町)の綾里(りょうり)在住の津波研究家です。私の実家からは車で1時間ぐらいのところでしょうか。著者の住んでいるところも、私の実家も津波はずいぶん身近なものでした。私には記憶はありませんが、チリ地震津波が三陸海岸を襲ったとき、母が1歳になったばかりの私たち兄弟をおんぶして、逃げ回った話を聞いたことがありました。私の実家の陸前高田市も大船渡市(母の実家があります)も、太平洋側から大きく入り込んだ湾の奥に広がった町で、明治、昭和の二つの三陸沖地震津波で大変な被害を受け、チリ地震津波の被害も受け、多くの人命が失われています。私の両親は、昭和の三陸沖地震津波とチリ地震津波の2回を経験したことになります。とりわけ漁業を生業としていた母の実家(大船渡市末崎町)はずいぶん大変だったことでしょう。チリ地震津波をきっかけに、陸前高田市では、町を囲むように、海岸線に高さ7メートル?ぐらいの防潮堤がつくられました。幸い、その後の大津波はありませんが、地震のたびに、町の人たちは真っ先に津波を心配する気風は変わりません。

 この本を読みつつ考えたのは、音別町の公営住宅(海光団地)の建て替え問題です。公住が老朽化して建て替えを進めていますが、津波ハザードマップをつくったら、その地域が津波危険地域だというのがわかり、急遽、平屋建てを津波でも大丈夫なように5階建てに変更したのです。それ自体は必要なことなのでしょうが・・・・津波の防災の要はハード面ではありません。急いで、ともかく逃げることです。津波が来たら、この5階建てに逃げ込めということなのでしょが・・・果たして、年取った住民に可能なのでしょうか。

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