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2013年10月26日 (土)

ある家族新聞から・・・震災後の陸前高田市の風景

Cimg0577 知り合いの方が、気仙沼、陸前高田、大船渡をたずね、それを家族新聞に書きましたので、村上さんも読んでみてくださいとその方の家族新聞をいただきました。

 「ここが陸前高田の駅だったんですよ」と教えてくれたその場所は、駅のホームらしき跡と生い茂る草しかなかった。「エー!?」と言ったまま、後の言葉が出てこず、私は茫然とその光景を見つめるばかりだった。

 気仙沼を出てバスで30分あまり、少し高台のそこにはプレハブの案内所と市役所があるだけ、どうしようもなくタクシーを呼んでもらった。ちょうどこの日は、例の「奇跡の一本松」の修復が終わり、一般公開するための記念式典の日だった。すぐ近くまで連れて行ってくださったが、ここに市民の憩い場だった7万本の松林があったとは!!たった一本残ったこの松は、すぐ前に立っていたユースホステルが防波堤になったということだが、その建物も無残な姿のまま残されていた。

 陸前高田の町は、広々と平坦な町だっただけに、一気にほとんどが津波に飲み込まれてしまったようだ。津波の速さは時速70-80キロ、高さは15-18メートル、想像しただけでたまらない。

 ほんとにほとんど何も残っていない陸前高田の街をあとにして、私たちは大船渡に向かった。…・(略)・・・

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