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2009年7月

2009年7月19日 (日)

お詫び・・・総選挙の日程も決まって大忙し

 麻生総理が解散日程、総選挙の日程を前もって発表、待ちに待った総選挙がやってきます。都議選は正直残念な結果に終わりましたが、総選挙はその分も取り返して、大躍進したいと思っています。そんなわけで、なかなかパソコンを開く機会もなくて、ブログの更新もすっかりご無沙汰しています。

 正直、そんな日々がこれからもしばらく続くと思いますが、気長に更新を待っていてください。・・・実はこの間、娘の学校の文化祭があって、その準備で娘も大忙し。学校が終わるのも10時ぐらいの日がめずらしくありませんでした。そっちの方もひと段落で、今日は娘は「ポケモン」の映画を友達と見にいくんだと言っていました。

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2009年7月 5日 (日)

船の特攻隊員たち・・・鳥取9条の会

Img_1361  鳥取9条の会で例会があり、被爆体験を聞きました。お話いただいたのは釧路原爆被害者の会の会長の糸澤定雄さんです。

 糸澤さんは、軍人を夢見て陸軍船舶隊の試験を受け合格します。特別幹部候補生として小豆島で6か月間の訓練を受け、和歌山、岡山などの基地に配属されたあと、広島沖の江田島に配属されます。昭和20年のことでした。江田島の基地には2000人の若者が集められていました。いずれも特攻隊員となるべき人たちです。この特攻隊は飛行機ではありません。古いトラックのエンジンを装着、ベニヤ板で囲っただけボートです。

 6月29日のしんぶん「赤旗」日曜版に、 『終戦翌日になぜ出撃命令』、特攻隊『震洋』で散った111人の若者  という記事が出ています。それとそっくりの海軍の特攻隊です。トラックのエンジンをつけたベニヤづくりのボートは、まるで競艇のボートのように海面を飛んでいたといいます。ドラム缶をふた回りほど小さくした爆弾2個を搭載、米軍の上陸を水際で防ぐために体当たりを命じられます。
 特攻隊員は自分で判断をしなければなりませんが、軍隊では幹部でなければ何も決定できません。だから、若者を即効、幹部に仕立て上げて、特攻に行くときには「下士官」に任命、無事任務をやりとげて戦死した場合には、2階級特進、靖国神社に神として祭るということでした。特別幹部候補生という名前は、早く死んでいけという意味なのだそうです。

 特攻プランはつぎのようなものです。
 昼間は島影に隠れじっとチャンスを待ちます。夜陰にまぎれて体当たり。だから訓練はいつも深夜でした。古くなった艦船を敵艦船に見立てて体当たりの訓練。しかし当たるわけにはいきませんから直前で急カーブを切って避ける。しかし深夜ですから、避けきれずに当たってしまう訓練生もいる。船はベニヤ製ですから、当たったらひとたまりもありません。毎夜のように訓練中の事故で戦死する、翌朝は毎日のように葬儀、この繰り返しでした。 

 いざ本番というときには、銃剣と手りゅう弾が手渡されます。失敗したら自害せよということです。

 しかし、こんな無謀な作戦がうまくいくはずはありません。次々、敵艦に発見されて狙撃されて終わり、多くの若者が命を落としていくことになります。糸澤さんもそんな運命のはずでした。しかし、江田島に配属される前に広島沖の似島(にのしま)で、防疫検査を受けます。糸澤さんの部隊のなかに、感染症の疑いのある人が発生、そこで4週間の足止めを食らうことになります。一足先に江田島に入った人は次々、戦死していきます。江田島に入り、糸澤さんにも出撃命令が下ります。出撃の日付は8月20日、結果としてこのことが、糸澤さんが特攻に行かず、命を長らえることにつながります。そして、そのことで、糸澤さんは原爆に遭遇する悲劇を体験するのです。

被爆体験記は、ホームページに掲載しますので、そちらもお読みください。
http://homepage3.nifty.com/kazushigemurakami/9zyounokai.html

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2009年7月 4日 (土)

賦課金問題は建設常任委員会でどう議論されたか

 6月市議会で、本会議の一般質問では、私が賦課金の問題、土地区画整理事業の問題を問いただしましたが、建設常任委員会では、石川議員が市長総括を含めて質問しました。
 
 その内容をご紹介しておきます。
①市から組合への再度の貸付はできないのか。
 これまでの議論でも明らかになったように、市への返済をするために賦課金を集めることになったのは間違いないところです。同様に、金融機関からも返済を迫られているとも聞いています。
 裏を返せば、返済金と相殺する形で市が新たな貸付をすれば、賦課金は当面は必要ないということになります。石川議員は、「新たな貸付はできないのか」と質問。市は「組合が頓挫した場合には、再貸付が可能な制度がある」と答弁。「では、なぜ再貸付をしなかったのか」と聞くと、「組合が頓挫したと見なしていない」という答弁でした。要は、自力で賦課金で解決しろということなのでしょうか。

②昭和小学校が区画整理に組み込まれた経緯は調査する。
 本会議でも明らかにしたことですが、商業高校は区画整理に参加しなかったのに、昭和小学校は参加、結局、賦課金を払うためになりました。その経緯について説明を求めてもまともな答弁はできず、「調査する」ということになりました。

③市が相談窓口を設ける。
 「市の相談窓口が必要、江戸川区のような賦課金の融資制度をつくれないか」と質問。市長は、「相談は大切なこと、都市計画課で行う。ただし積極的な実態把握は行わない」と答弁しました。融資制度については、資料を担当課に渡し、検討を求めました。

 それにしても、他の会派はあまりこの問題で質問したり、動いたりしているように思えません。おそらく、かなりの相談は寄せられていると思うのですが・・・。ダンマリを決め込むのではなく、ぜひ、発言・行動してもらいたいものです。

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2009年7月 3日 (金)

6月議会報告のチラシ版下作成しました

 6月議会のまとめの仕事に、市議団だよりおよび村上かずしげ通信の作成をしています。市議団だよりは4人の市議で分担して原稿を作成、今日第1案が出来てきました。私は、区画整理事業と中心市街地活性化の二つの記事を書きました。少し手直しのペン入れをしたところで、来週最終の校正作業です。みなさんのお家に配るのは、今月下旬になると思います。

 さて私の「村上かずしげ通信」ですが、気がつくと毎月発行の目標ですが3月で途切れて、4月5月6月と3か月発行されていませんでした。大いに反省しています。そこで今回は、一般質問を7月12号として、財政経済常任委員会の審議を7月19日号にして、2週連続の発行にしました。7月19日号は、市議団だよりと重ならないように、TMRセンター、王子製紙の人員削減、ベトナムとの姉妹都市提携を提案、阿寒湖の複合施設の土地確保に市が助成の4つの短い記事でつくりました。配布する前に一足先に、ホームページでも見れるようにしました。

追伸 今度の日曜日に鳥取9条の会が、被爆体験の記念講演会を行います。ぜひお立ち寄り下さい。

日時 7月5日(日) 13時15分から
場所 コア鳥取2階

講師 糸沢定雄氏(釧路原爆被害者の会会長)
『被爆者からの伝言』-憎みても余りある原爆-

糸沢さんは別海町生まれ、樺太生活を経て軍隊に入隊し広島市江田島幸の浦に配属されていました。8月7日、前日投下された原爆被害者の救援隊の先発隊として似島・広島に入り、そこで被爆することなりました。

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2009年7月 1日 (水)

HPの動画を更新しました

 今日7月1日から釧路市議会のホームページで、一般質問の録画放送が見れるようになりました。これまではライブ放送だけでしたので、見逃してしまうとそれでおしまいでした。共産党議員団として、議会改革等検討協議会などにも、「ぜひ、録画もインターネットで見れるようにしてほしい」と要望していたものが、全会派が合意して、一歩前進となったものです。議会事務局もいろいろ技術面での試行錯誤をしていただいたようです。

 それにあわせて、私はホームページの一面に新しい動画を入れました。これまでは、スライドショーで釧路市の風景や私の写真などをBGMつきで流していたのですが、6月議会の一般質問のうち2回目の質問部分をアップしました。最近、もっとも力を入れている賦課金問題を論じた部分です。

 これをアップしようと計画したのはよいのですが、私がいつも使っている動画をアップするサイトは「@NIFTYビデオ共有」というサイトなのですが、ここは編集機能があるけれど、アップロードする時間は最大10分まで、もうひとつFlipClipというサイトも使っているのですが、ここは編集できないが100MBまでアップロード可。
 もとのデータは101MBだったので、編集しなければならないのだけれど、編集できるサイトには時間足らずで、途中までしかアップできずに四苦八苦しました。結局、フリーソフトの動画編集ソフトをダウンロードして、要らない部分をカットして、なんとか伝えたい中身はアップできました。少し議会の臨場感が伝わるでしょうか。

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